クマを取りに来ただけなのに
私はクマを取りに来ただけだった。
目の下に長年住みついているあの人を、
そっと退去させる予定だった。
それだけのはずだった。
なのに。
「ヒアルロン酸を足すと、より自然になります」
どうやら私は、
・まぶたが少し落ち
・頬の横がこけ
・全体的にボリュームが減っているらしい
そう言われて改めて鏡を見た。
……知ってる。
“ボリュームが減っている”。
やわらかい言い方。
要するに、こけて、しぼんでいる。
目の下に脂肪はある。
でも欲しい場所にはいない。
なぜだ。
答えはすぐ出た。
目の周りの脂肪は目の下へ移動して、
目の下がふくらみ、まぶたはへこんだ。
こけた頬の脂肪は顔の下の方へと移動してたるんでいる。
理由は、そう。
加齢。
重力と年齢、タッグ強すぎる。
そこへ糸リフトという名の建築計画
「頬や口元のたるみには糸リフトがおすすめです」
そこへ糸リフト?
聞くだけでなんだか痛そうなんですけど?
片側の頬に太い糸は2本まで入れられる。
その太い糸が1本10万円。
糸が10万円!?
左右で4本。
つまり40万円。
そんな高級な糸聞いたことない。
まだ終わらない。
「補助的に細い糸を入れて網目状にすると、半永久的にたるみにくくなります」
網目状。
しかも“半永久”。
急に永遠を約束してくる。
細い糸はいったい何本なのか。
1本いくらなのか。
怖くて聞けなかった。
想像すると、やっぱりなんか痛そう。
フルカスタム寸前、心は揺れる
気づけば、
ヒアルロン酸。
糸リフト。
私の顔、工事計画書できてる。
クマを取りに来ただけなのに、
リニューアル見積もり。
しかも、心が揺れている自分がいる。
怖い。
綺麗になって笑ってる自分を想像していた。
無職という名のブレーキ
支払いの話になり、
「無職」が判明したとたん、
空気が変わった。
ローンは難しいかもしれません、と。
ヒアルロン酸も、
10万円の糸も、
半永久の網目も、
すっと消えた。
リニューアル工事、中止。
現場、解散。
あれだけ広がっていた未来プランが、
一瞬で静かになる。
おかげで目が覚めた。
そのとき思った。
無職、強い。
攻撃力ゼロ。
所持金少なめ。
でも防御力は、異常値。
勢いで顔を建て直さずに済んだ。
それでも、手術はする
私はクマを取りに来ただけ。
静かに、見積りの中で一番お手頃な
「切らない目の下のクマ取り」
をお願いした。
無職を気遣ってくれたのか、
ヒアルロン酸を少しサービスしてくれた。
あと、ビフォーアフター写真を提供する代わりに
お安くなるプランにした。
(目は隠してくれる)
そして先生が言う。
「30分くらいで終わりますよ」
30分。
そんな短時間でこの頑固なクマを
消してくれるの!?
本当に!?
安心したとたん、急に怖くなった。
「絶対痛いの嫌です!」
と念押しした。
麻酔はしっかりかけてほしい。
私はここ数年、病院にお世話になっている。
毎年何かの手術をしていた。
手術と痛みは、ほぼセットだ。
重力にも年齢にも負けているけれど、
せめて痛みにだけは勝ちたい。
クマとの戦いは、ついに実行段階へ。



コメント