キラキラ空間に、無職ひとり
クマ治療を決意して、いざ美容クリニックへ。
受付で最初に聞かれた。
「本日この後何かご予定ございますか?」
予定。
こんなおばさんに予定聞く?
一瞬、言葉に詰まる。
「特には…」
と答えたら、にっこり笑って、
「カウンセリングは3時間ほどお時間いただきます」
・・・3時間!?
え、そんなに?
クマの相談って、そんな壮大なプロジェクトなの?
私の目の下、思っていたより大事業らしい。
内心びっくりしつつ、
「大丈夫です」と余裕のふりをする。
時間だけは、ある。
そこだけは強い。
院内は白くて明るくて、やっぱりまぶしい。
照明じゃない。
スタッフのお姉さんたちが。
全員、マスクしててもわかる。
もれなくきれい。
肌は発光。
お目目はパッチリ。
目の下?当然、なにも住んでいない。
ここは「きれいを売る場所」。
説得力の塊たちが働く空間。
その中に、私。
目の下に長期滞在型クマを抱えたおばさん。
場違い感、すごい。
オプションの波に、軽く溺れる
カウンセリングはとても丁寧だった。
クマの種類。
原因。
治療方法の違い。
説明は分かりやすい。
そして静かに始まる追加提案。
「こちらを追加されるとより自然になります」
「ヒアルロン酸注入もされる方多いです」
“より自然に”
“多いです”
人間の弱いところを上手にくすぐってくる言葉。
私は静かに頷きながら思う。
これが噂のオプションの嵐か。
でも、正直に言う。
だいぶ心が動いた。
せっかくやるなら。
どうせなら。
見せてくれたカタログの中のみんな。
メッチャ綺麗になってるやん。
お金出せばわたしもこうなれる?
これやったら20歳くらい若返りそうよ。
完全に“未来課金モード”に入る。
いや、何ならもう脳内で手術台に横になってた。
見積もりで、脳内電卓フル稼働
見積書が出てきた。
数字が並ぶ。
3パターンまるで、松・竹・梅だ。
一番高いのは絶対無理な金額。
私の脳内で電卓が高速起動。
「これ、お給料何か月分だろう」
もう、ボーナスでも全然足りない。
ざっと金額だけ見てすっかり意気消沈。
さっきまで脳内でクマが消え去って、
ほんのり若返った自分を夢見てたのに。
松と梅の金額差は50万だった。
ローン、カード、一括。そして現実
支払いの話になった。
「お支払い方法ですが、ローン・カード払い・お振込みがございます」
ローン。
カード。
選択肢が並ぶ。
なんだか“きれいへの分割払い”みたいで、少し現実が遠のく。
でもその瞬間、私は思い出した。
あ、私、無職だ。
つい最近まで毎月お給料が振り込まれていた感覚が、
まだ体に残っていた。
でも今は違う。
安定収入、なし。
肩書き、なし。
「現在のご職業は?」
やわらかい声で聞かれる。
私は答える。
「今は、ちょっとお休み中でして」
便利な言い回し。
ええ、無職です。
スタッフさんは優しく頷き、
「でしたらローンは難しい可能性がありますね」
あっさり。
追撃なし。
現実が静かに着地する。
さっきまでの“より自然に”が消えた。
空気が、急に実務的。
ほっとしたのに、少しだけ寂しい
その瞬間、正直ほっとした。
ローンが難しい=ブレーキ。
勢いで追加しそうになっていた自分が、止まる。
無職、まさかの防御力発動。
ありがとう、無職。
もう少しでヒアルロン酸入れまくるところだった。
でも同時に、
少しだけ寂しかった。
さっきまで目の前に並んでいた“もっときれいな未来”の選択肢が、
すっと消えた。
あぁ、あれは今の私には届かないんだ。
そう思った瞬間、
胸がきゅっとなった。
それでも、今の選択でいい
帰り道、思った。
支払いの話になって、私は無職だと思い出した。
でもそれは、情けない瞬間ではなかった。
道を踏み外さないで済んだ瞬間だった。
きれいな人たちに囲まれても、
ヒアルロン酸入れまくりそうになっても、
立ち止まれたし、追撃も阻止できた。
今の私には、よきストッパー。
背伸びしない。
綺麗なおばさんはおあずけ。
目の下のクマはまだいる。
でも焦らなくていい。
冷静さはちゃんと残った。
クマとの戦いはこれからだ。
無職、意外と防御力高めです。



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